橋下徹 政治評論家

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政治を語る人物の中には当然政治経験がある人も多いですが、知事や市長、国政政党の代表を務め、政治に対して鋭く切り込んでいける橋下徹さんはこれまでの日本にいなかったタイプの政治評論家です。


1969年6月29日、50歳の橋下徹さんは東京都渋谷区で生まれます。父親をすぐに亡くし、小学生の頃に大阪府に引っ越し、その後苦労を重ねて、名門校である北野高等学校に進学すると、ラグビー部に入り、全国高校ラグビーに出場し、高校の日本代表候補にまでなります。その後、早稲田大学政経学部に入学しますが、学生ビジネスでトラブルに巻き込まれたことをきっかけに法律家を目指し、大学卒業の同じ年、司法試験に合格。何度も落ち続ける人がいる中、橋下さんはわずか25歳で合格を果たします。
その後、弁護士となり、1998年には事務所を設立、示談交渉での解決を目指すことに力を入れ、営業活動に力を入れ、主に民事を中心に活動します。この大阪時代から大阪の番組に出るようになり、2003年には現在も続く、行列のできる法律相談所にレギュラー出演、事務所は爆笑問題が所属するタイタンということでサンデージャポンや笑っていいともなどにも出演し、弁護士以上にタレントとしての活動が強まる一方、時事問題に舌鋒鋭く発言し、お茶の間の注目を集めます。


2008年、大阪府知事選が行われ、初当選を果たします。2万%ないなど出馬を否定する発言をしながら最終的に出馬し、圧倒的な大差で当選すると、大阪府の借金体質、税金を無駄に使ってもなんとも思わない姿勢が明るみになり、1期目は職員とバトルし続ける様子が盛んにテレビで報道されます。ところが、当時議会ではオール野党状態だったため、2010年に自民党を集団離党してきた松井一郎氏とタッグを組んで大阪維新の会を結党、その余勢で国政政党を立ち上げ、一時期はこのまま政権交代まで狙えると注目を集めますが、大阪府の改革に専念。2015年、悲願だった大阪都構想住民投票で惜しくも否決されたことで、その責任を取って大阪市長の人気を満了した時点で政界から引退します。


その後、政治評論家として政治を語る他、大阪維新の会の側方支援を行うなどし、Twitterでは鋭い言葉で当事者に疑問を投げかけるなど橋下節は健在。国政選挙のたびに橋下さんの動向が注目される他、現在の安倍内閣との関係が非常に近く、食事に行くことも見られ、大阪万博G20の誘致成功、カジノの設置などにも影響を与えていると言われています。橋下さんの発言から目が離せません。